黒猫の見る夢 if 第11話 |
ルルーシュが目を覚ますと、スザクはベッドにいなかった。 籠の隙間から顔を出し時計を確認すると、まだ真夜中2時を少し過ぎたところだった。 寒いだろうと、ルルーシュが入っている籐の籠ごと布団に入れ、抱えるようにしてスザクが眠ったのはたしか23時頃。 トイレに起きたのかとも思ったが、一向に戻ってくる気配はなかった。 なにか問題でも起きたのか? ルルーシュは籠から抜け出すと、ベッドから飛び降りた。 音を立てずに床に着地する。 ・・・これは別にルルーシュが猫になったことで運動神経が良くなり、しなやかな動きで飛び降りた・・・という訳ではない。 ルルーシュは、最初の頃爪の出し入れが上手く出来ず、上手く歩けなかった。 歩く度に爪がかつかつと音を立てていたので、このままでは爪を痛めてしまうとスザクは部屋だけではなく廊下にも毛足の短い絨毯を敷いた結果、ルルーシュが飛び降りた程度の音は絨毯が吸収してしまうのだ。 ちなみにスザクの居住エリアは現在土足禁止となっている。 ふかふかの絨毯を踏みしめながらルルーシュは寝室を出た。 ルルーシュの行動範囲内はどのドアもすべて開いたままになっているのだが、どの部屋も明かりが消え、しんと静まり返っていた。 やはり出かけたのかと、歩き回っていると、普段使われていない書斎から明かりがもれていることに気がついた。 僅かに開かれたその扉から部屋の中へと入ると、デスクライトとパソコンの明かりに照らされて、机に向かうスザクの姿が浮かび上がった。 珍しいな、パソコンに向かっているなんて。 残務処理でもあったのか? 少し小走りにスザクの足元まで移動し、ルルーシュは声をかけた。 「にゃあ」 (スザク) だが、いつもならすぐに反応が返るのに、スザクはなにも反応を示さなかった。 集中しすぎて聞こえなかったのかと、軽く爪を立ててスザクの足をペシペシと叩く。 土足禁止にしてから、スザクは室内を素足で歩き回っているため、肌にうっすらと僅かな爪痕が残ったのだが、それでも起きない。 その様子に、もしかして具合でも悪いのかとあたりを見回し、置かれている段ボールや棚を経由し、10分ほど掛けてどうにか机に上った。 行儀が悪いが、今は仕方がない。 最優先はスザクだ。 いや、別にスザクが体調を崩してもどうでもいいのだが、そのせいで何か失敗をし、皇帝からの評価が落ち、その地位を剥奪され、結果ナナリーを守れないかもしれないから、気にしているだけであって・・・。 そんな言い訳をグルグルと考えながらスザクの顔を覗き見る。 そして、反応がない理由にルルーシュはようやく気がついた。 眠っている。 当然だな、ラウンズとしての仕事をこなし、空いている時間はすべてルルーシュにつぎ込んでいるといってもいい生活を送っているのだ。 疲れていて当然、そしてラウンズとしての仕事も、ここで出来る事はこうして夜中に起きて処理していたのだろう。 ルルーシュに気付かせることなく。 睡眠時間を削り、私生活を投げ打って、こんな自分の世話をしなければならないとは、お前も運がなかったな・・・早く終わらせてスザクを自由にしなければ。 ルルーシュは眠るスザクをしばらく見つめた後、パソコンへ視線を向けた。 周りに乱雑に置かれている資料と、スザクが開いていた画面の内容で、近々スザクを司令官とした作戦が行われることがよくわかる。 その作戦案を立てていたわけか。 脳筋スザクにこれだけの資料を見て作戦をなど、無茶な話だ。 ・・・これは眠っても仕方がないか。 大体、文官や参謀たちは何をしているんだ? はっ! まさかスザクがイレブンだから手を貸さないと!? くそ、ふざけるな! こんな手でスザクに恥をかかせるつもりなのか! どうやら今回の内容はエリア9で起きている内乱の鎮圧。 確かあそこは・・・よし、そう難しい話ではないな。 ルルーシュは散らばっている資料へ目を通した後、キーボードに前足を乗せた。 耳障りな機械のエラー音で、スザクは目を覚ました。 目を開くと、そこには電源が入り開いたままになっているパソコン。 周りにはたくさんの資料。 それらを見て、ああそうだ、作戦案を考えていたんだと、スザクは思い至った。 だが、音源はそこではない。 スザクは音のする方へ振り向いた。 そこにはパソコン用のプリンターが置かれていて、音源はどうやらそれのようだ。 寝ている間に印刷ボタンでも押してしまったのか?と、スザクは立ち上がろうとしたとき、膝に何か温かいものがあることに気がついた。 視線を下ろすと、そこには丸くなり、すやすやと眠るルルーシュの姿。 「え?あれ?なんで君ここにいるの?」 間違いなくベッドで寝ていたはずの存在が、なぜか膝の上でぐっすりと疲れたように寝ていて、スザクは目を見開いて驚いた。 よほど深く眠っているのか、スザクの声にも、動いたことにも反応を示さない。 どうしたのだろう。 寒かったのだろうか?なんにせよ、彼が膝で眠るなんて初めての事だ。 そもそも動物が自分の膝で寝ること事態が初めてで、スザクは思わずその顔に笑みを乗せた。 時計を見るとすでに5時。 ここに来たのが0時を回ったころだから、5時間も寝ていたのか。 しまった、まだ作戦案を全く形にできていないのに。 スザクは膝に眠るルルーシュを片手でなでながら、パソコンに向かった。 「・・・なに、これ?」 そのパソコン上には、内乱鎮圧の作戦概要が記されていた。 エリア9の情勢を踏まえた上で練り上げられたその作戦は、武力を必要とせず、対話と僅かな交渉で鎮圧できることを示しており、スザクは思わず画面に表示されている資料と文章に引き込まれた。 誰かに読ませることを前提としているその資料は、脳筋といわれているスザクでさえ夢中になって目を通してしまうほど読みやすく、理解しやすく、そして簡潔だった。 「・・・すごい」 スザクにはそれしか言えなかった。 エリア9、ブリタニア側双方に不利になる内容ではなく、これが成功すれば、エリア9が衛星都市へ昇格する足掛かりにも利用できるかもしれない。 そこまで考えられた内容。 当然だが、スザクにはこんなこと思いつきはしない。 では、誰が? そんなこと考えるまでもない。 スザクは膝の上で眠るルルーシュへ視線を向けた。 そう、姿は猫へと変えられたが、彼の記憶も心も人であった時のまま。 ならばパソコンを操作できてもおかしくはないし、彼の頭脳があればあの内乱をこんなに簡単に鎮圧させる案を考えることは可能なのだ。 20ページに及ぶその資料すべてに目を通し終えたスザクは、膝の上で眠るルルーシュを静かに抱き上げると、エラー音を鳴らし続けているプリンターへ移動した。 エラーの理由は用紙切れ。 印刷されている枚数は18枚。おそらくルルーシュは印刷ボタンを押し、印刷が開始されたのを確認してから眠りに就いたのだろう。 この衰弱した小さな体で、慣れないその猫の手で、これだけの文章を打ち込んだのだから疲れていて当然だ。 スザクはルルーシュを抱えたまま用紙を補給し、エラーを解除した。 残りの2枚も印刷されると、プリンターは動きを止めた。 それを確認したスザクは、プリンターとパソコンの電源を落とすと、資料を手に寝室へと戻った。 1時間後には朝の鍛錬を始める時間となるが、それまでの間ベッドに横になろう。 そう思い、ルルーシュを枕の上に乗せ、自分もその横に頭を乗せる。 そして、布団をルルーシュにかけてから、至近距離で眠る黒猫の顔をじっと見つめた。 黒猫は夜闇に紛れてしまい、手を触れなければそこにいるかさえ解らなくなってしまうのだが、いまは間違いなくそこにいる。 スザクは手を伸ばし、眠る子猫の頭をゆっくりと撫でた。 仔猫は嫌がるように体を丸めると、その手から逃れた。 こんなに小さな頭の中に、人であったころの情報だけではなくあれだけの作戦を考えることのできる頭脳が収まっているなんて。 羨ましいと思う。 だけど、それだけの頭脳があるからこそ、猫となったことへの絶望は計り知れない。 「パソコン、新しいの買おうかな」 今使っているパソコンはネットワークが繋がっているから、使わせられない。 だからルルーシュが使える専用端末を用意する。 そうすれば、手間はかかるがちゃんと会話を交わせるようになるのだ。 多分そうだろうという曖昧なものではなく、ちゃんと彼の意志を確認できるようになる。 そのことに思い至り、スザクは口元に笑みを浮かべた。 |